2011年11月16日 (水)

最終回 ゲスト鮪【音楽ユニット】

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こんばんは、セレンです。
ハートバトン最後のお客様は音楽ユニット鮪のお二人です。

西洋音楽に純邦楽、雅楽などをスパイスした
独自の音楽性でオンリーワンな存在感を持つ鮪、
最後の最後でまたミュージシャンに戻ってきました。

勝さんとみゆさんのご夫婦からなるユニットで
作曲を勝さん、作詞をみゆさんがされています。

勝さんはバークリー音楽学院でギターを学ばれたということで、
年代的にいうとジョン・メイヤーの先輩にあたることになりますね。

プロットというか、トラックというか、
ベースになる進行やフレイバーはとても洋楽的、
ものすごくアシッドな香りが漂うトラックなのですが、
歌が始まるとその世界観がガラッと「和」に変わります。

それはやはり、ボーカルみゆさんの歌唱法と
いわゆる和音階に則ったメロディーラインの構成によるところが
大きいと思います。

音楽の世界での和と洋の折衷というのは
言葉で言うほど簡単にはいかないものです。

和風ハンバーグ、洋風寿司、のように
素材を交換したりするだけでは交わらないものだからです。

鮪の音楽はやはり独自性というプライオリティーの翼を得て
とても自由に、鮪というカテゴリーの音楽を形成すべく
我が道を進んでいるように思います。

歌詞の世界でも日本人、とくに現代を生きる日本人としての
アイデンティティー、そして人間としての弱さを肯定できる歌詞にしたい
と、みゆさんは何度もおっしゃっていました。

弱さを肯定する力は強さです。
強さを共有する端緒は弱さです。

二律背反、反作用の力学を体現すべく、
鮪のお二人はその独自の道をこれからもきっと進んで
行くのだと思います。

最後のお客様にふさわしい、
すばらしいお二人でした。

ご出演、ありがとうございました。

そして、最後になりましたが
「ハートバトンリレー」のコーナーを見て、聞いてくださった皆様、
本当にありがとうございました。

ちょうど60回を迎え、たくさんの方と出会い、
僕自身とても成長を実感しています。
出会いの強さ、そしてそこから始まるストーリー、
本当に生で感じることができ、とても感謝しています。

皆様があって、かがやくことができる
まさにそんなコーナーになったと思います。

本当にありがとうございました。
そして、この大事なコーナーを任せてくれ、
成長の機会を与えてくれた樹凛さん、
この場をお借りしてお礼を言わせていただきます。

本当に、ありがとうございました。
とても充実した年になりました。

このバトン、どこかでまたつなぎたい、と思っています(密かに)

セレン

2011年11月11日 (金)

第59回ゲスト 加藤士文さん[画家・ミュージシャン]


Simon


こんばんは、セレンです。
本日のお客様は加藤士文さん。

加藤士文さんはミュージシャンとしてドラムや三味線をされていたり、
画家として絵を描かれていたり、
放送の中でも披露していただいたような詩も書かれたりしている
いわゆるマルチアーティストです。

打ち合わせの多くをTPPの話題に費やしてしまい、
お互いこの件に関してはかなりはっきりとしたスタンスを持って
いたので、話が尽きることなくエンドレスで話し合っていました…。

士文さんは震災後、アーティストとして何が
できるか、をずっと考えられていたようで、
その思いを伝えることに重きを置き、活動をされてきました。

思いを伝えること、考えを伝えること、
思想や理念を構築し、それを伝播していくことは
アーティストとしての根本をなす活動だと僕も思っていて
それを自ら体現し実践している士文さんは
さすが、立派だなあと感心していました。

なかなか多岐に渡る士文さんの活動を微細に、かつ正確に
あの時間内で伝えることは難しいですが、
一つTPPの問題での士文さんのスタンスは士文さんの
姿勢や立ち位置を捉える上で重要なファクターであったように思います。

弱者の立場に立ったときのTPPの脅威を
士文さんはおしゃっているのだと思います。

21ジャンルに渡る条約の中で顕著な例は農業、医療、
サービス、などでしょうか。
国民に直接的なダメージがあることは避けられない事実だと思います。

番組内でも言いましたが、それでも僕のスタンスは条件付きでの推進です。

それについて語りだすと枚挙に暇がないので
やめておきますが、
TPPという問題を端緒に、日本の経済や医療、農業、
そして官僚まかせ、既得権益にまみれた日本の鬱血した
構造を改革すること、またそれについて一人一人が考えることが
大事だと思っています。

話が逸れてしまいましたが、
今回は放送時間が足りず、放送終了ギリギリになってしまい
かなり焦りましたが、士文さんには詩の朗読もしていただきました。

オノマトペを効果的に使った
映像的で肉感的な詩でした。

言葉を扱う人には力があります。
震災後のダウナーなムードに活力を与えたいという士文さん。
ぜひその活力で日本をアッパーなムードに変えていってほしいと思います。

もちろん、僕も言葉を扱う人間の一人として
何ができるか考えていきたいと思います。

士文さん、ご出演ありがとうございました。

そして、次回で60回を迎えるこの
ハートバトンリレーのコーナーは最終回を迎えます。

最終回、ぜひお楽しみにしていてください!

セレン

2011年11月 2日 (水)

第58回ゲスト 加藤来門さん【ミュージシャン】

Raimon

こんばんは、セレンです。
ちょっと更新が遅れてしまいました。

今回のお客様は加藤来門さんオフィシャルサイト
久しぶりのミュージシャンです。

来門さんは、ヒデとロザンナのお二人の次男として知られる一方
バンド「Smorgas」のMCや、ソロ活動もしたいるミュージシャンです。

紆余曲折を経て、再起、という言葉がぴったりではないでしょうか。
力強く、ソリッドでアグレッシブなお方です。

ソロもバンドも両方音源いただき聞かせていただきましたが
カッコいいです。
Smorgasはいわゆる90年代後期に隆盛を極めた「ミクスチャー」
というジャンルと言っていいと思いますが、
ミクスチャー好きの僕としてはアガります、この音は。

LIVE映像はこちら

レイジアゲインストザマシーンや、エイジアンダブファウンデーションなど
僕も学生時代はライブにも行きましたし、たくさん聞きました。

ゴリゴリのギターリフに畝るベースライン、
そしてビシッと決まるドラムに、ハイキーMC。

ライブ映像見ても、やはり素晴らしく本物感漂う
オーラは圧巻ですね。

コーナーの中での来門さんは5秒あれば女性を口説く、
というイタリアンスタイルで
すっかりラジオメンバーのなかでも人気者になっていました(笑)


音楽に賭ける思い、伝えたいこと。
これらのはっきりしている音楽はやはり強く、
ストレートに届きます。

アーティストもお客さんも関係なく
ステージの高さ、隔たりを超えて
1つの思いでつながりたい、という言葉は重く響きました。

このスタイル、この思いで、これからも日本のミクスチャー界を
牽引していって欲しいです。

来門さん、ありがとうございました!!
音源、まじかっこいいです。


2011年10月20日 (木)

第57回ゲスト 片岡一郎さん【活動写真弁士】


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今回のお客様は活動写真弁士、片岡一郎さん。

こちらはご本人のブログ

本当に貴重なご職業の方にバトンが回ってきたもんです。
本番の話の中で出てきましたが、現在現役で
活動されている方は片岡さんを含め15人、とのこと。

そして、やはりほとんどの方が年配の方という
ことを踏まえると、いかに片岡さんの存在が貴重な存在か
ということがよくわかります。

活動写真弁士、というお仕事はその名の通り
活動写真、つまり映画ですね、特に無声映画であった時代
1930年代ごろまでの映画、それに生で声を足すお仕事。

音のない映画に、臨場感たっぷりに話をしていくわけです。

本番でも1分間のパフォーマンスをしていただきましたが
片岡さんが口を開いた瞬間、パッと変わる空気。
まるで、昔の映画館に迷い込んだかのような錯覚さえ抱きます。

時を超え、空間を超え、
聞くものを異次元の世界へ誘う、
弁士のお仕事とは、そういうものなのだと
初めてぼくはスタジオでそれを肌で感じる事が出来ました。

実際に、自分がやってみたら、
という視点でこのお仕事を眺めてみると
いかに難しいことか、というのがありありとわかります。

音のない映画、というのは技術的なリスクゆえに
スクリーンの中では大げさに動いたり、余白を埋めるような
演出がされています。
チャップリンがまさにそうです。

チャップリンの映画などは特にですが
音がない、というリスクを逆手に取って
それを逆にプラスに使っているような気さへします。

きっとチャップリン自身が無声映画自体を
ハンデだと全く思っていないのだと思います。

悲哀や哀愁、切なさや不条理さが
音のない、声のない世界ではより一層雄弁に語りかけてきます。

つまり、音のない世界、として完結している世界。

そこに、声を足していく、という作業は
ズバリ、センスだと思います。

説明で終わってしまってもいけないし、
語りすぎて映画を遮ってもいけない。

「チャップリンは語りを拒むんです」

と片岡さん。

非常に重みのある言葉です。
チャップリンの映画を僕たちは音のないものとして
捉えていますので
それ以上でも以下でもないものとして認識しています。

でも、片岡さんのような弁士の方は
そこにどうやって独自の語りを足せるか、
という新たな命題でチャップリンに挑んでいるわけです。

「時には黙る、それも大事なテクニック。
落語家や噺家にはできない弁士ならではの技です。」

ともおっしゃっていました。

映画が時系列で進む、
そこに基本的に寄り添う弁士という立場だからこそ
の視点だと思いました。

どんな芸術にもそれでしか味わえない空気、感情
というものがあると僕は思っています。

映画でしか感じ得ない感動、小説でしか味わえない世界観、
そして音楽でしか表現できない情景、
すべての芸術はその固有の感情の受け皿を持っているのだと思います。

そういう意味で弁士というお仕事は
聞いた人を、名状しがたい懐かしさ、という世界へ連れて行って
くれる、そんなお仕事です。


日本人の心の中にある、懐かしさという最大公約数。
いつの、どの、というわけでなないけれど、
心の中に遜色する事なく広がる記憶の原風景。

ほんの数秒で、心がそこまで持っていかれてしまう。
卓越した技術のもとに成り立つ
希有なお仕事だと心から感じました。

ブログなどで、スケジュールもチェックできます。
ぜひ皆さんも1度体験してみてはいかがでしょうか?

片岡さん、ご出演ありがとうございました!

2011年10月15日 (土)

第56回ゲスト 上野雄次さん【花道家】

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今回のお客様は【花道家】上野雄次さん。 オフィシャルサイト

ハートバトンの最近の和の流れの中で3人目の花に従事される方。
そして、大変な論客である。

ここまで3人のお花の方に出ていただいたが
それぞれ肩書きが違う。

フラワーデザイナー、華道家、
そして今回の上野さんは花道家、である。

花をいける。

この行為に充てられる漢字はあるのだろうか。

生ける?
活ける?
埋ける?

そもそも、ないのだろうか?

だとしたらいける、とはいかなる言葉か?

こう考えると花の道は、
精神的な世界ともかなり密な接地面を持つものなのだと、
改めて考えさせられる。

さて、今回の上野さん、
改めて、論客である。

作家で言うなれば、創作に集中し、それについてあまり語らない
作家がいる。
例えば志賀直哉であったり、大江健三郎であったり。

はたまた、創作とは別に、大いにそれに対し言及する
作家もいる。
代表格はやはり三島由紀夫であろうか。

大別するのも失礼な話だが、
上野さんは明らかに後者のタイプであった。

僕自身も後者であると自覚しているので
非常に緊張感のある、純度の高いお話ができたと思っている。

それらを踏まえた上で、
上野さんの素晴らしいところは
自覚と無自覚のバランスであるのだということがよくわかる。

精神世界、それは例えば哲学であったり美学であったり。
それらに裏打ちされた自覚、ひいては自意識という土壌に咲く
無自覚という手つかずの偶発性。

考えてるようで、考えていない。
考えていないようで、考え尽くされている。

必然と偶然の狭間に浮かぶ花。

来るべく季節に
しかるべくして咲く花。
それらを摘み取り、思考(嗜好)と創作
により、新たな命を吹き込む。

空間や、時間、季節や空気、
様々な意匠(いしょう)をまとい、それらは器に完結する。

美、という衣装(いしょう)で。

上野さんのお話は、やはり日々思考や自問を重ねた
人にしか出来得ないお話ばかりで、
本当に頭の下がる思いだった。

話を聞くこちらも姿勢が正される思いであった。

ラジオの出演者にお土産で青山のとても美味しい
マシュマロを持ってきていただいた。
それは本当に美味しい逸品であった。
それを見ながら上野さんはこう言った。

「僕らの仕事なんて、デザートみたいなもんですから。
デザートとしての価値や歓びを見出せなくなったら
いつでも辞める覚悟は出来ています。」

と。

かつて詩人谷川俊太郎は言った。

詩は食後のデザートだと。
なくても誰も死にはしないが、なかったら寂しいもの、
そして誰かをきっと幸せにできるもの。
であると。

上野さんがこの言葉を知っていたかは知る由もないけれど
僕自身も全く同感である。

いつでも辞める覚悟がある、
という最後のところまで同感である。


表現者は、かくも張りつめた
そしてかくも鬼気迫るものでなくては
ならないものであるかと、

改めて気を引き締めた、
この日の放送であった。

上野さん、ご出演
ありがとうございました。


2011年10月 5日 (水)

第55回ゲスト 桃江メロンさん【作家/MC/映画監督】

Momoe


今回のお客様は桃江メロンさん オフィシャルサイト

正直な人。
それが僕の第一印象でした。
自分に、感情に、直感に、そして対「人」に。

初対面も旧知の仲も、桃江さんには関係ないのかもしれない。
人との会話の距離をグッと詰めてくる。
こちらの甘いところを突いてくるし、
油断や欺瞞は指摘する。

打ち合わせの時点で、かなり消耗してしまった。
気圧された、といったほうがいいかもしれない。

とにかくパワーがあって、圧がある。
うかつに手を出すとジリリと焼ける感じ。

桃江さんの活動は事前のこちらの情報収集では
把握しきれないところが多々あり、
肩書きを含め、なかなかに難しいところがあった。

捉えどころがない、というと
それはあなたの調査が足りないのよ、という桃江さんの
声が聞こえてきそうだけど…。

でも、やはり映画から脚本、作家からトークイベントMCという
レンジの広さはもはや、肩書きという言葉を超えている。

トークイベントの内容にも目を見張るものがあり、
一筋縄ではいかないものばかり。

一水会顧問の鈴木邦男氏とトークイベントをしているのを
知って、始めはわが耳を疑った。
同性同名かな、と思ったが鈴木邦夫その人であった。

最も多感な時代を三島由紀夫の小説で過ごし、
純粋に小説にだけ意識を向け、触れてきたつもりの三島作品だが
やはり、後期の作品を始め、彼の左翼活動の背景を知る事が
作品の理解とどうしても乖離できなくなるにつれ
自分なりにその辺りを調べ、勉強した時期もあった。

その中で、やはり何度も目にした名前、それが鈴木邦夫氏だった。
桃江さんから、楯の会・森田必勝と鈴木氏との話しも聞けたし、
とても貴重なお話も聞けた。

桃江さん曰く、とてもカリスマ性のあるチャーミングな方、だそうだ。
僕には信じられない話だ。
でも、実際そうなんだろうと思う。

桃江さんの活動は日本の暗部にぐいっと入り込み
啓蒙とはまた違う形で「さらけ出す」ような印象がある。

全てを知っているわけではないので、知ったふうなこと言えないけれど、
僕は個人的に色々足を運んで、桃江さんのこと、
そしてそこから広がる未知の世界へ、一歩踏み出そうと思う。


いよいよ、ハートバトンも凄い事になってきた、
と少しぞくっとした、そんな夜でした。

桃江さん、ありがとうございました。
またきっとお会いしましょう。


セレン

2011年9月29日 (木)

第54回ゲスト 平間磨理夫さん【華道家】

Mario


こんばんは、セレンです。
今回のお客様は華道家、平間磨理夫さん。オフィシャルサイト
お名前はご本名だそうです。

24才から花の道へ入られ、流派の中でしばらく
本格的に学ばれた後、その流派を抜け
フリーの華道家として新たな出発をされた経緯をもつ方です。

華道の世界ではやはり流派は絶対的な存在であり、
つまりは安寧の地であり、ややもすると隠れ蓑のような
革新や変革、確固たる自我を求めるスタンスを持つ方に取っては
飛び立とうとする衣の裾をぎゅっと掴まれてしまうような
そんな窮屈な存在に感じられてしまうのかもしれません。

もちろん流派を否定するというスタンスではなく。
あくまで表現の姿勢として、違うベクトルである、ということだと思います。

独特の線の細さを持つ方で、それが空間の中の余白を作り、
奥ゆかしさ、やミニマミズムのような印象を与えます。

Simple is best

というよりは

Less is more(最小が最大を生む)

と言った感じでしょうか。

またその繊細な側面と相反するかにも思える
華道でバトルをするという「花いけバトル」なるものをされているのも磨理夫さんの
一つの特徴だと思います。

形式としては数人の華道家が1つの器に対し
順番に花をいけ、観客がそれを評価し、
勝ち負けをきめるというシステム。

これには批判的な意見もあるらしく、
なぜ勝ち負けを決めるのか、なぜバトルをする必要があるのか?
などの意見を頂く事もあるそうです。

それは最もなことだと思います。
実際そうだと思うから。

芸術の最大の価値は勝敗から逸脱したところに存在する。

という格言があるように
勝ち負けというシステムは古代ローマなどでのコロッセオの決闘
に端を発するとも言われており、つまりは群衆ありきのエンターテイメント
性を孕んだ、盛り上げる為のギミックなわけです。

そのエンターテイメントの要素がなぜ生け花に持ち込まれなければ
ならないか、というのがこのバトルが揶揄されるところだそうです。

でも、

賛否両論は最大の賛辞である

という格言もあるように
磨理夫さんのされているバトルが批判を受け、テーゼを投げかけている
その事自体が、かつて誰も出来なかった1つのカンフル剤なんだと思います。

批判を受けないということは、形にはまっているということであり、
伝統はその連綿であるのだと思います。

ハートバトンにでてくださるゲストの方はみなさん
その歴史の連綿を打破しようとされている方ばかりです。

伝統、文化をどう現代にフィックスさせるか、
これがみなさんの共通項であり、最大公約数なわけです。

今回のゲスト平間磨理夫さんも例に漏れず、
その身1つで、伝統という奔流の中で闘いもがき、
表現されている方の一人です。

代官山の山羊に、聞く?というカフェで
行われる花いけバトル、是非皆様も足を運んでみてはいかがでしょうか?

未知への道が、そこにあるんだと思います。

磨理夫さん、ご出演ありがとうございました!!

2011年9月21日 (水)

第53回 奥西絵庭さん【鎌倉彫彫師】

Eniwa


こんばんは、セレンです。
今週のお客様は奥西絵庭さん。Face Book Page

松村さんからのつながりがとても合点のいく(笑)
ファンキーなお姉様奥西絵庭さん。

松村さんとはプライベートパーティーで出会い、
意気投合、5分後には松村さんから作品を作ってほしいという
ところまでになっていたそうです。

和という伝統文化に身を置く者同士、

というよりファンキーな人同士、として惹かれあったんじゃないか

と勝手に思ってるんですが(笑)

ハートバトンのBGMはいつもPAの斉藤さんが選んでるんですが
今回のクラブっぽい音楽がこんなにマッチする人もなかなかいないと思います。

パリのスラム街(ご本人談)での幼少期の経験を経て
海外への思いを常に持ちながら、
海外の人たちと接する中でいかに、自分が日本文化を知らないか
自分が外国へ日本人として胸を張って教えれることはなんだろうか
という思いを端緒に、絵庭さんの鎌倉彫への道は始まったそうです。

絵庭さんの作品テーマは「エログロエレガンス」。

鎌倉彫の世界でエロ、グロをテーマに標榜してるのは
間違いなく彼女だけでしょう(笑)

作品はさすが妖艶で、躍動感があり、深い彫りの筆致は
コントラストの高い力強い世界を表現します。

大使館やカフェでのワークショップなどのご経験も豊富で
対【人】という環境にとても慣れている方だなあ、とい印象を持ちました。

それは彼女の人柄もさることながら、英語が堪能であるという
スキルもとても影響していると思います。

彼女ほど英語が出来ると、言葉に壁がなく
自然と視界もパースペクティブも海外へと向けられます。

日本の伝統文化が閉じられたもの、
自国内での継承を主とするもの、という
前提をこんなにも軽やかに飛び越えられるのも
それはひとえに英語という翼をもつ彼女だからこそ。

世界中の人と接する事で自分自身の世界を拡げ
ひいては鎌倉彫の世界を拡げるという
最大の福音をもたらしているんだと思います。

それにしてもこうして毎回日本文化、伝統の中にそれらを生業として
生きておられる方々を目の当たりにすると
いかに自分が日本人として、自国文化に明るくないかというのを再確認させられます。

こんなに高度で特殊な伝統文化を持ちながらも
自国民がこんなに無自覚で、興味を示さない国もなかなか珍しいと思います。

西洋に憧れ、海の向こうへの希望を夢見ながら
自分のアイデンティティーを鑑みて初めて自国の伝統文化け畏敬の念を
抱く事ができる。

これは1つのアイロニーでもあるけれど、
きっかけはどうであれ、自国文化に興味を持てるということは
今の日本人に取ってとても大事な事だと僕は感じています。

日本人に大切な事は、恥ずかしがらず自分に自信をもつこと。
絶対にこれだと思います。
そんなの簡単だよ、という人もいるかもしれませんが
それができずに数十年、日本と言う国はいろんな面で
世界から遅れをとってきました。

ただ、ハートバトンのゲストさんたちを見て
こんなにも勇気づけられるのは僕だけでしょうか?

違うと思います。

きっと見て聞いてくれた人全てが感じていると思います。
いかに日本が素晴らしい文化を持っているか
そしてそれに胸を張っていいか、ということを。

是非みなさんもこれを機に
いろんなものに興味を持ってみてはいかがでしょうか?

自分の世界を拡げるきっかけは、

そう

自分でつくっていくものなのです。

それを体現しているかたこそ、
奥西絵庭さん、なのではないでしょうか?

本当に素晴らしい時間をありがとうございました。
活躍ますます期待しています。


セレン


2011年9月13日 (火)

第52回ゲスト 松村亮太郎さん[茶人]

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本日のお客様は茶人•松村亮太郎さん。
すてきなオフィシャルサイトはこちら

伝統文化、特に和を中心にした流れで
ついに和の本丸、茶の世界へと流れてきたバトン。

これまで、ハートバトンにゲストで出て頂いた
方は、伝統文化を継承しながらもどこか枠から
はみ出した、逆に言うと収まりきらない方ばかり
だったんですが、今回の松村さんは正に
その大決算といった感じの方でした。

まさか打ち合わせの時点で前室があんなに
笑いに包まれることになるとは思ってもみませんでした。

海外で外国の方々と触れ合うなかで
如何に自分が日本文化について知らないかを
知らされ、そこで伝統文化、特に茶の世界へ
と進むことを決めた、とは本人談。

スタートがそこだから、松村さんは常に
フラットで、ドライで、俯瞰できるもう一つの目、
を常に持たれている方だなあと、僕は感じました。

それはきっと本人も無意識なくらい
微細なものかもしれないけれど、
全ての思想に通底する、体質のようなものだと
も思いました。

将来的にはフランスなどの海外への進出、
対海外を常に視界の隅に置かれてるのも
松村さんらしいなあと思いました。

裏千家の話や、もっとご本人の
パーソナリティにスポットを当てたお話も
したかったんですが、なにせ時間が足りずに
終了。

きっと、何かをやらかしてくれそうな、
そんなある種デンジャラスな体臭を
その懐に忍ばせた、素敵な茶人、松村亮太郎さん。

素晴らしい出会いに感謝です。
今度プライベートでお茶会に参加してこようと思います。

知らない世界が沢山あるなあ。

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可愛い和菓子を頂きました。
松村さん、またお会いしましょー!

2011年9月 7日 (水)

第51回ゲスト 松永有加さん【フラワーデザイナー】

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こんばんは、セレンです。

今晩のお客様は松永有加さん。オフィシャルサイト

綺麗な方が続きます。

松永さんは肩書きとしてフラワーデザイナーという言葉を使われています。
個人的に一番興味を持ったのはその肩書きの部分。

華道家だったり、フラワーアーティストではなく、
デザイナーという言葉を使われている点に興味を持ちました。

ご本人に伺うと、説明は難しいけれど
簡単に言うと和や洋の枠組みにとらわれないため、
そうしているそうです。

フラワーデザイナーに一番必要な素養は
なんだと思いますか?
と打ち合わせで聞くと、
たくさんあるけれど空間認識の力だと思います
とおっしゃってました。

その辺りにも答えは隠れているのかも知れませんね。

花を使った仕事ってロマンティックに見えるけれど
きっと大変な世界なんだと容易に想像がつきます。

花の世界に明るくない僕ですが
中川幸雄さんの展覧会にはずっと足を運んでいます。
前衛いけ花と評される氏の作品は
エロティックでモダンでエキセントリックです。

松永さんの繊細な世界観とは違いますが
とても好きな華道家の方です。

今日こうして松永さんとお話しして、
やはり自分の世界を追求している人の凛とした
佇まい、それを肌で感じました。

しなやかに風にしなりはするけれど、
決して折れない植物のように、
松永さんの姿は一輪の花のそれに似た印象を僕に与えました。

これからも、その独自の世界を
追求していってほしいと思います。

ご出演ありがとうございました!

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